世間では、イギリス人女性を殺害した容疑で逮捕された市橋某について、ずいぶん騒がれているようですね。
この人の逮捕の過程では、公費懸賞金制度が初めて適用されたそうです。
産経新聞は例によって「市民通報も味方にしたい」(
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/091115/crm0911150313004-n1.htm)などと抜かしていますが、私はこの公費懸賞金制度は極めて問題のある制度だと考えています。
日本近代警察史のパイオニア、大日方純夫氏による研究(同『警察の社会史』岩波新書)を利用して、公費懸賞金制度の歴史的意義を私なりに整理すれば、以下のようになるでしょう。
日露戦争の講和条約に不満を爆発させた大衆の蜂起、いわゆる日比谷焼き討ち事件(1905年)では、各所の交番が焼き討ちの対象とされ、多くの警官が襲撃を受けました。
それまでの警官は、士族出身者が多いこともあってか、一般市民に対しては横柄で威圧的な態度に出ることが多く、民衆にとっては憎悪の対象となりかねない存在でした。
そこで、この事件をきっかけに警察官僚の上層部は「警察の民衆化」を主張しはじめます。
民衆に畏怖されるのではなく、むしろ親しまれる警察に改革しなければならないという「民衆化」の意図が、強い危機感を背景として前面に打ち出されることになったわけです。
こうした親民衆的な傾向は、大正デモクラシーの影響を受けたものといわれています。
しかし、同時に警察官僚たちは、「警察の民衆化」の先に「民衆の警察化」を展望していました。
彼らは、警察の側に民衆を取り込むことで、民衆を警察化し、最終的には人々の社会的なつながりを秩序の維持のために動員することを目指していたのです。その一つの帰結が、関東大震災時の自警団による朝鮮人虐殺であり、戦時期の相互監視にがんじがらめにされた社会状況だったのでした。
こうした文脈でいうと、公費懸賞金制度というのは明らかに「民衆の警察化」を目指したものであり、我々一人ひとりの社会的なつながりを、公金を梃子にして治安維持に活用しようという試みに他なりません。
全国指折りの「ドヤ街」である西成区あいりん地区のあるおっちゃんは、市橋某をしばしば目撃したことを振り返り、次のように述べています。
「この界隈は、失業したりいろんな理由で流れてくる人も多いし、自分の仕事や生活で精いっぱいや。 通報するところまで気が回らん。けど、よう考えたら懸賞金1000万円もらえたかもしれん。惜しいことをした」 (
http://news.aimu-net.com/read.cgi/dqnplus/1258148708/)
あいりん地区は、住むところにさえ事欠くような人々が日雇いの仕事を求めて集まる地域であり、しばしば暴動も起きることから、社会の秩序からは最も縁遠い人々が暮らす場所であるといえます。
「自分の仕事や生活で精いっぱい」という周縁的な都市下層民さえも、公費懸賞金制度は金の力で容疑者逮捕に向けて動員してしまうわけです。よくいわれる「監視社会化」を、我々自身の手で進めさせようという意図が、この公費懸賞金制度には込められているように思われてなりません。
もちろん警察の検挙率が上がり、さまざまな犯罪に対する抑止力が有効に機能することは、善良な一般市民にとっては好ましいことでしょう。しかし、監視社会化による治安回復を目指す動きは、治安が悪化しているという一種のフィクションの上に成立しており、人々の問題意識の焦点を巧みにずらしているといわれています。
そうした監視社会化の問題を正面から批判している論客として、ここでは外山恒一氏を紹介しておきます。氏は左翼の運動家として出発し、現在はファシストを自称していますが、2007年の東京都知事選挙に立候補した際、極めて味のある演説をぶって一躍有名になりました。今、私が最も注目している泡沫候補の一人です。
外山氏のHP
http://www.warewaredan.com/外山氏のブログ
http://ameblo.jp/toyamakoichi/そんな外山氏を応援するために、私も初めて動画を投稿してみました。
といっても氏の政見放送にBGMを付けただけのシロモノですが。
実を言うと今日の日記は、そんな動画を宣伝したいがためだけに書かれたのでした。
あ、えっと、あの、ちゃんと仕事はしてるんですよゴニョゴニョ…